翻訳:  W・ホガースの『美の分析』(2)

 7章  線(Lines)

(第7章段落1) 殻

「覚えておられるだろうが、序文で私は読者に、対象の表面を線たち(lines)の緊密な連結からなる殻として思い浮かべることを要請しておいた。本章のみならず構成(composition)を論じる以下の全章をよりよく理解するために、いまここでこの考え方を思い出して頂かねばならない。」

 

(第7章段落2) 線の群れで対象を包む
「画家だけでなく数学者(mathematician)も、紙に事物(things)を描くときは線(lines)を常用する。まさにこの習慣が、線があたかも実在の形(form)そのものに本当に載っているかのような印象を作り上げている。我々もこのやり方に習って、次の一般命題で仕事に臨むことにしよう。すなわち「直線(straight line)と円弧状の線(circular line)、さらにその様々な組み合わせ(combination)と変化(variation)とが、眼に見えるすべての対象(object)を限界づけ(bound)、その外接図形を描いて(circumscribe)いる、そしてそのことによって無限に多様な形(forms)が産出(produce)される」という命題。そこで、[自然]現象(appearances)に見られる混合的な中間形態の詮索は読者自身に委ねるとして、我々としては無限に多様な形を一般的なクラス(general classes)に類別し識別する[原理的な]作業に専念しよう。」

 

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(第7章段落8) 曲率
「[直線とちがって]曲線の方は長さだけではなく曲率(degree of curvature)も多様に変化するので、まさにその理由で装飾的になる。」(金田:曲率とは曲線上のある点における接円の半径で決まる量のこと。カーブのきつさ。曲がり具合。高速道路のR。普通は逆数 1/R を使う。)

 

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(第7章段落10)  波打つ線
「波打つ(waving)線つまり美の線は、対照的な二つの曲線の合成であり、それは[先の、曲線と直線の合成に比べて]多様の度合いが[若干]高いので、ペンや鉛筆で作図するとき、手は生き生きした瞬間を楽しむことができる。」

(第7章段落11)  蛇状(serpentine)の線
「さらに蛇状の線は、(多様度に富む)いろいろな仕方で波打ちながら、[それに加えて]巻き込み(wind)まですることによって、こういう言い方が許されるなら、多様度を連続的に増減させつつ(along the continuity of variety)、眼を楽しく誘導するのである。[つまり]蛇状の線は、(多様度に富む)様々な仕方でねじりを入れている(twist)。あるいは一本の線でありながら、いわば多様な内容(contents)を封入している(inclose)。それゆえ、蛇状の線の含むすべての多様性を切れ目のない(continuous)線で紙の上に表現しようと思えば、想像力の助けを借りるか、さもなくば 図(figure)の助けを借りるかしかない。[私は図の助けを借りる方針を採用したので]  図の1-26を見られたい。そこにはエレガントで多様性に富む円錐(cone)の図のまわりを、細い針金が自分を正しくねじりながら進む(twist)姿が、正しい比例を持つ巻き込む線の例として提示されている。私はここから先、それを真に蛇状の線、優美の線と呼ぶことにする。」

 

 

10章  蛇状の線を使った構成


(第10章段落1から段落7まで)   ツノを例に採って
「前述のように、言葉を使おうがペンを使おうが、この[蛇状の]線を記述するのは至難の技であり、本章の議論の歩みは遅々たるものとならざるを得ない。形式における崇高(sublime)、人間身体においてあまりにも顕著なこの崇高についての私の見解を一歩一歩説明することになるので、読者の寛恕を請う次第である。ひとたび蛇状の線の構成を理解すれば、読者はこの種の線こそが最大の関心事であることを悟られるだろう。」
 「第1に、図56を見てほしい。それは中身の詰まったまっすぐなツノ(角、horn)である。それは、円錐がそうであるように、[眼で追っていけばその限りで]変化を見せる(vary)ので、まさにその限りにおいて、幾ばくかの美しい形式ではある。」
 「次に図57を見てほしい。このツノは、二つの逆の方向に曲がっているのだが、ではどんな仕方でどの程度、美が増しているだろうか。[実はそれほど増してはいない]。」
「最後に、(さっきの図57のように)二つの逆の方向に曲げたうえに、さらに加えてツノにねじりを加えたのが図58である。そこでは美が、いや優美さや優雅さまでが、いちじるしく増大している。」
「これらの図の一番目では、中央部分の点線はこの図を構成する直線たち[円錐の頂点と、底面の円周の各点を結ぶ直線、いわゆる母線]を表している。これらの直線たちでは、曲線や光や影をさらに補わなければ、ツノに内容(contents)が備わっていることはまず見て取れない。」
「二つ目のツノも同様である。ただツノを曲げたことで、くだんの直線の点線が美しい波打つ線に変貌してはいる。」
「しかし最後の図では、ツノは曲げられたうえにねじられているので、この点線は波打つ線から蛇状の線に変容している。[この母線は]中央の辺りではツノの後ろに隠れ、細い口の辺りでまた姿を現している。その限りでこの線は想像力を遊動させ眼を楽しませるが、それにとどまらず、眼に内容の量(quantity)と多様性を伝えているのである。」

 

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(第10章段落10)   「美の線/優美の線」の応用の「正しさ」

「私はこれらの線を特別視し、”美の線”だの”優美の線”だのといった名前を授けはした。しかしそれでも、これらの線の使用と応用については、構成一般に関して私が設けた諸原理に従うべきものと考える。[つまりまず]これらの線は互いに正しい仕方で(judiciously)混合され組み合わされるべきだし、[さらに](描く主題がそれを要求すればの話だが)いわゆる平凡な(plain)線と(with) 混合され組み合わされるときでさえ、混合と組み合わせは正しく(judiciously)原理に従わねばなければならない。だからコルヌ・コピア(fig.59.plate 2 下)は、(ツノの最後の実例と同種だが)タイプを異にする、しかもネジのようにすぐに元に帰る線でツノに巻きつく多数の線と(with)いささか装飾的な仕方で混合され組みわされてはいるのだが、その混合と組みわせも正しく(judiciously)行われていなければならない。」

 

(第10章段落11)     山羊

「この種の形でさらに変化に富むのは(だからさらに美しいのは)、山羊(goat)のツノであって、古代人はまず間違いなく山羊から極めてエレガントな形を採ったうえで、それを自らのコルヌ・コピアに持ち込んだのだろう。」

 

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(第10章段落13)  ツノを縦に切断する

「別な観点[段落12]とは、曲がって捻れたツノを、互いに同形になるように、非常に繊細なノコギリで、[端から端まで]縦に切り分けて二つにしたうえで、その片方を元のツノのあった場所に置くのである。そのときあなたは当然次のことに気づくだろう。第一は、ノコギリの刃がツノの端から端まで動くとき、その刃が ”美の線”のうえを進むことである。だからこの半分となったツノの”へり(edges)”は美しい形態を持つ。第二に、[切る前の]ツノの表面にあった蛇状の点線で、陰になっていて見えなかったところがすべて(wherever)、分割されたツノの窪んだ方の[内側の]表面に直ちに姿を表すことである。」

 

(第10章段落14)

「以上の考察の意義は、それを人間の体形(human body)に適用したときにこそ顕著である。それを以下に試みよう。」

 

(第10章段落15)   凹凸の交代

「だから今ここでは次のことを指摘するに止めよう。第一に、別々の方向に上品に曲げられたことで、元のツノは美を所有していたこと。第二に、ツノの外面に描かれた線は、どんな線であろうと、ツノに与えられた捻りのためそれなりに蛇状線の形態に与り、そのため優美(graceful)になっていたこと。最後に、ツノが分裂し、その殻状の形(shell-like form) の内側表面と外側表面が露出すると、[内側から見たときの]蛇状の線と[外側から見たときの同じ]線が両方見えて、[同一の蛇状の線(line)なのに]、[どちらから見るかに応じて]、その線たちの(their)凹凸が交互に{altenately)現れるので、眼は蛇状の線の追跡(pursuit)を殊のほか喜び、安らぎを感じる(relieved)ものだということ。だからこのような線たちで構成された空洞の形は、極めて美しく眼に楽しいものであり、しばしば中味の詰まった物体のそれよりも美しいのである。」(注記:殻の内側と外側から見るのに応じて、同じ一本の線が二本の線に見えて、凹凸が交代するという主張である。)

 

 (第10章段落28)       針金で型を取る

「このテーマは多くのことに関わるので、この話題にいくら長居してもしすぎることはない。だから私は、このような解剖学的な形象(figure)が眼に与える効果と、同じ身体部分が脂肪と皮膚に覆われたときの眼に対する効果の違いを、明確化したいのである。弾力を失い一度曲げればそのときの形を保持する短い針金[のある部分]を尻の外側にしっかり固着し(fig.65.plate 1)、次に[針金の次の部分を]太ももの外から足のふくらはぎにかけて斜めにあてがい、[さらに残りの部分を]かかとの外側に届くようにあてがう。この間、針金が密着しすべての筋肉の形状の型が取れるように、針金をしっかりと押し続け、そして最後に[針金を]外すのである。そこで針金を調べると、[通常]手足に[針金を]巻きつけたときに見られる、流れるような間断なき捻りが破壊され、それは、筋肉と筋肉の間に強く押し付けられたためにできる鋭いギザギザの所為で、多数のバラバラな平凡な曲線に成り果てている。」

 

 

 
 
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